マーケティングの成果は、劇的な変化だけで生まれるものではありません。
クリック率や応募率が少し上がる、ユーザーの行動がわずかに変わる。そうした小さな改善を積み重ねることで、最終的に大きな成果につながっていく仕事です。一つひとつの数字だけを見ると、わざわざ追いかけるほどではない地味な数字に映るかもしれません。しかし、ユニゾンで事業企画から広告運用までを担う辻尾さんは、その1%の改善が積み重なることで、事業の構造を書き換えるほどの結果に変化すると捉えています。だからこそ、勘や経験だけに頼るのではなく、ユーザーの行動を見ながら仮説を立て、実際に試し、結果をもとに改善を続ける。そのサイクルを高速で回し続けることが、再現性のある成功に結びつきます。彼女にとってマーケティングとは、人の意思決定を仮説として捉え、検証を繰り返していく「実験」のような仕事です。向き合うのは、教科書に答えが載っている課題ではありません。まだ認知されていない事業や、前例のない施策など、正解のないテーマばかりです。だからこそ、人の行動を観察し、仮説を立て、実行し、結果からまた次を考える。その積み重ねに、辻尾さんはマーケティングの面白さを感じています。
なぜ、それほど小さな数字にこだわるのか。正解のない問いを、どのように解ける形へと分解していくのか。そして、なぜこの仕事を選んだのか。今回のインタビューでは、辻尾さんにユニゾンのマーケティングの考え方や仕事の面白さについて話を聞きました。(人事:竹内)
「1%」という数字にこだわる理由
そもそも、なぜ「1%」というわずかな改善にこだわるのですか?
「1%くらいで意味があるのか」と思われるかもしれません。でも実際は成果とは、規模と時間で大きくなっていきます。
例えば、月に10万人が訪れるページなら、CVRが1%上がるだけで月に1,000件の差になる。さらに、毎回1%ずつ改善を積み重ねれば、数字は大きく膨らみます。大きな改善は比較的見つけやすい一方で、むしろ難しいのは、すでにある程度うまくいっている状態から、さらに数字を伸ばすことです。ユーザーの行動を細かく観察し、仮説を立てて検証する。その繰り返しの中に、マーケターとしての力が表れると思っています。
その1%は、どうやって事業全体を動かすのですか?
1%そのものが事業を変えるわけではありません。大事なのは、その改善の過程で見つけられる「再現性のある法則」です。
以前、あるLPのファーストビューのコピーをターゲットが普段使う言葉に寄せてA/Bテストを行ったことがありました。数字も改善しましたが、それ以上に大きかったのは、「人は自分ごとだと感じた瞬間に動く」という気づきを得られたことです。こうした気づきは、一つの施策だけにとどまりません。広告のクリエイティブやメール件名、フォーム設計などにも応用できるので、事業のあらゆる接点に適用することができます。結果として、半年後には事業全体の数字が別の水準へと移り、わずかな変化が人を動かす原理に繋がると実感できた体験でした。
マーケティングでは数字を見る場面も多いと思いますが、その先にいるユーザーについてはどのように考えていますか。
「数字ばかり見る」と「人を理解する」は、正反対に見えるかもしれません。でも私の感覚では、両者は同じ営みの表と裏でしかありません。
CVRが1%動いたという事実は、突き詰めれば「誰かの意思決定が1%ぶん、こちらへ傾いた」ということです。数字の向こうには、迷ったり、比較したり、決断したりしている人が必ずいる。だから私は、数字を見ることは人を理解することだと考えています。目には見えない「人の心の動き」を教えてくれる指標だと思っています。
つまりマーケティングとは、人の気持ちに仮説を立て、それを数字で検証し続ける仕事だと考えています。数字は目的ではなく、人を正しく理解できたかどうかを、後から教えてくれる証拠にすぎない。この順番を取り違え、人に向き合う前に数字だけを追いはじめてしまうと、成果の再現性は失われてしまいます。
企画から実行までを一貫して担う
企画と実行を分けないことに、どんな良さがあるのですか?
私は、事業の企画から、その実行、広告運用までを一気通貫で担当しています。
企画と実行を分業すると、「戦略」と「現場」のあいだに、必ず情報の溝が生まれます。いちばんユーザーの反応に近いのは現場なのに、その一次情報が企画側へ還流しない。意思決定する人と、事実を観ている人が切り離されている。これは構造的なロスだと考えています。
一方、立案した本人がそのまま動かせば、仮説が外れた瞬間に原因へ手が届き、修正のサイクルが格段に速くなる。もちろん、結果のすべてを引き受ける立場なので、言い訳のきかない難しさはあります。それでも、自分の読みがそのまま数字となって返ってくる手応えは、役割を分けた環境ではなかなか得られないものです。
答えの見えない状況を、毎日どんな考え方で進めているのですか?
大前提として、マーケティングという仕事は「すべての情報がそろった状態」はありません。データは常に足りないし、市場も動き続ける。だから私が日々意識しているのは、「完璧に分かってから動く」のではなく、「不確かなまま、改善をしながら進めていく」ことです。
具体的には、目の前のことを「試して確かめるべきこと」と「考えれば答えが出ること」の二つに分けます。たとえば「どっちの広告文が刺さるか」は、いくら頭で考えても分からないので、すぐ両方出して反応を見ればいい。一方で「この予算をどこに使うべきか」は、試す前にきちんと考えて決めるべきことです。
ありがちな失敗は、この二つを取り違えることなんです。試せばすぐ分かることを、延々と会議で議論してしまう。逆に、よく考えるべきことを、なんとなくの思いつきで試してしまう。これがいちばん時間を無駄にします。だから私は、まず「これは試す話か、考える話か」を見極めるようにしています。答えが見えない状況でも、この考え方さえできていれば、止まらずに前へ進めます。
正解のない課題を、どうやって「解ける問題」に変えているのですか?
ここがこの仕事の面白いところです。私が向き合うのは、正解がない問いを解いていくことです。
たとえば「申込件数を増やす」という大きな目標は、こう分けられます。
(例)
申込件数(CV)
= サイトに来た人数 × 申し込んだ割合(CVR)
├ 来た人数 … どの経路から、何人来たか
└ 割合 … ページの伝わりやすさ × フォームの離脱しにくさ
例として簡単に作りましたが、このように並べ替えると、つかみどころのなかった課題が、「ひとつずつ動かせる部品の集まり」に変わります。あとは、どの部品を動かせば全体がいちばん大きく伸びるか。数字を見極めて、そこに力を集中させる。やみくもに全部を頑張るのではなく、勝負どころを絞るわけです。
この作業には、二つの異なる頭の使い方が要ります。「何が人の心を動かすのか」を読む想像力と、「ぼんやりした課題を、扱える要素に切り分ける」分解力。どちらか一方では届きません。だからこそ、両方を行き来できる人にとって、答えのない混沌ほど解きがいのある相手はないんです。
マーケターとして大切にしている考え方
すべての施策を「仮説」から始めるのは、なぜですか?
理由は大きく三つあります。
一つ目は、検証にかかるコストと時間を、劇的に削れること。マーケティングでは、ターゲット、メッセージ、チャネルと、試せる要素が無限にあります。それを片っ端からA/Bテストしていたら、予算も時間もいくらあっても足りません。仮説を立てておけば、「いま検証すべき、最も重要なポイント」にリソースを集中できるんです。
二つ目は、「次の一手」に直結すること。良い仮説は、いつも「もしAが原因なら、Bという施策を打つべきだ」という構造を持っています。だからデータでAが事実だと確認できた瞬間に、迷わずBへ動ける。判断のスピードがまるで変わります。
三つ目は、「失敗」を「価値ある学習」に変えられること。マーケティングの施策は、高い確率で失敗します。でも仮説があった上での失敗なら、「この層には、この訴求は響かない」という明確な学びがデータとして残る。仮説なき失敗からは、「なぜ売れなかったのか」という理由すら分かりません。
ひとつ大事にしている視点として、マーケティングにおける仮説とは、「最初から正解を当てること」ではありません。「最も筋の良い問いを立てて、素早く検証を回すこと」それこそが、仮説を立てる本当の目的です。
失敗を、どうやって次の学びに変えているのですか?
マーケティングは、もともと外れる施策のほうが多い仕事です。だから失敗の扱い方で、成長のスピードが変わります。私は失敗を「いちばん安い授業料」だと思っています。早く小さく外せば、学べる量のわりにダメージは小さい。逆に検証を後回しにすると、大きくなってから痛い目を見る。早めに試すことは、リスクを取るというより、リスクを抑える行為なんです。
答えのない領域は、仮設を立て考えた上での失敗は誰も責めません。むしろ「で、何がわかった?」と前向きに考える。だから挑戦しやすい環境だと思っています。
数字を、なぜ一人ではなくチームで追うのですか?
いい仮説ほど、誰かとの対話から生まれます。ひとりで数字を眺めていると、どうしても自分の経験という枠のなかでしか解釈できず、見方が偏るからです。
たとえば「なぜ応募数が伸びないのか」「なぜCVRが頭打ちなのか」と問いを投げると、自分にはなかった角度の答えが返ってきます。営業が現場で直接聞いた生の声、他事業部のメンバーが持つ別の視点などを参考にし、数字だけでは決して見えない手がかりが、社内には眠っているんです。一人の視点が一つの観測装置だとすれば、対話は、その死角を補ってくれる別の装置になる。
だから私は、数字を「自分の成績表」ではなく「チームの共有財産」だと捉えています。1%を取りにいく作業も、突き詰めれば、組織に散らばった知恵を一つに束ねる行為。個人の力だけでは、ここまでの精度には決して届きません。
マーケティングという仕事の面白さ
そもそも、なぜこの仕事を選んだのですか?
きっかけは、「人はどうやって決めるのか」への興味でした。同じ商品でも、伝え方ひとつで選ばれ方が変わる。その「あいだ」で何が起きているのかが、ずっと面白かったんです。
マーケティングに惹かれたのは、「人を理解すること」と「数字で確かめること」が両方できる、めずらしい仕事だからです。曖昧な人の行動を、確かめられる仮説に置き換えて、試して、法則にしていく。これは理科の実験と考え方の土台がほとんど同じ。違うのは、相手が「人」だということだけです。
ユニゾンを選んだのも同じ理由で、打ち手がすぐ結果に出て、データもどんどん貯まる。しかも、まだ知られていない事業やお手本のない戦略を、自分の手で整理して組み立て直せる。学び続けたい人間には、これ以上ない環境だと感じています。
論理や数字が好きな人にとって、この仕事の何が「やりがい」になりますか?
マーケティングは外から見ると「キラキラしている」「才能がないとできない」ように見えるかもしれません。でも実際は、観察と仮説と検証をコツコツ積み重ねる、地道な仕事です。1%を取りにいく作業は、決して派手ではありません。
それでも、その積み重ねがある日、事業を大きく動かす瞬間が来る。曖昧だった人の行動を自分の仮説で言い当てて、それが数字で返ってくる。「世界を少しだけ正しく説明できた」という手応えは、考えることが好きな人にとって最高のごほうびだと思います。
決められた役割をきっちりこなすのも立派なキャリアです。でも「ゼロから問い直して、数字で事業を動かしたい」人にとって、いまのユニゾンはとても面白い場所です。少しでも「この考え方、面白いな」と思ってもらえたら、ぜひ一度話しましょう。